東京高等裁判所 平成4年(ネ)2312号 判決 1994年2月24日
控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)
岩手県
右代表者地方公営企業管理者岩手県医療局長
上田法也
右訴訟代理人弁護士
平沼高明
同
堀井敬一
同
木ノ元直樹
同
加藤愼
同
野村弘
被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)
道原京子
同
道原成和
同
道原靖人
右両名法定代理人親権者母
道原京子
被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)
道原清
同
道原アイコ
右五名訴訟代理人弁護士
坂井芳雄
同
兼子徹夫
同
海老原茂
主文
一 本件附帯控訴及び控訴人らが当審で拡張した請求に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人は、被控訴人道原京子に対し金五二五五万三二二五円及び内金四九五五万三二二五円に対する昭和六一年四月二三日から、内金三〇〇万円に対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被控訴人道原成和及び同道原靖人に対しそれぞれ金三二九二万一四二四円及び内金三〇九二万一四二四円に対する昭和六一年四月二三日から、内金二〇〇万円に対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被控訴人道原清及び同道原アイコに対しそれぞれ金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和六一年四月二三日から、内金三〇万円に対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 被控訴人らのその余の本訴請求及び当審で拡張した請求をいずれも棄却する。
二 本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
四 この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 申立て
一 控訴人
1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 右部分につき被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 本件附帯控訴及び被控訴人道原成和、同道原靖人、同道原清、同道原アイコが当審で拡張した請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 原判決を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人道原京子に対し金五四一八万九〇六九円及び内金四九九一万九九四六円に対する昭和六一年四月二三日から、内金四二六万九一二三円に対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被控訴人道原成和、同道原靖人に対しそれぞれ金四七六五万四六一七円及び内金四三九二万五四一二円に対する昭和六一年四月二三日から、内金三七二万九二〇五円に対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被控訴人道原清、同道原アイコに対しそれぞれ金五四一万四三五六円及び内金五〇〇万円に対する昭和六一年四月二三日から、内金四一万四三五六円に対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(被控訴人らは、原審において、被控訴人道原京子につき金六〇〇〇万円、同道原成和、同道原靖人につき各三二五〇万円、同道原清、同道原アイコにつき各五〇〇万円並びに右各金員に対する昭和六一年四月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求めていたが、当審において、右のとおり被控訴人道原京子につき請求を減縮し、その余の被控訴人らにつき請求を拡張した。)
2 本件控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
4 金員支払部分につき仮執行の宣言
第二 事案の概要
次のとおり付加するほか、原判決事実及び理由の第二の記載と同一であるから、これを引用する。
原判決八枚目表五行目の次に次のとおり加える。
「被控訴人らは損害の内訳につき次のとおり主張する。
(一) 直樹の逸失利益
(1) 給与所得 一億一五六七万四一四〇円
(2) 定年退職時の退職手当 一〇九六万八二三三円
(3) 国家公務員退職者年金 八六九万九八八八円
(4) 退職後の稼働利益 八三五万九三九八円
合計一億四三七〇万一六五九円
(二) 右逸失利益の各相続分による按分額
(1) 被控訴人京子 七一八五万〇八二九円
(2) 被控訴人成和、同靖人 各三五九二万五四一二円
(三) 本件殺人事件により被控訴人京子が支給を受けた金額
(1) 死亡時退職金 四六四万一〇〇四円
(2) 遺族補償年金 二一〇一万七七二四円
(3) 遺族共済年金 四二七万二一五五円
(四) 慰謝料
(1) 被控訴人京子、同成和、同靖人各八〇〇万円
(2) 被控訴人清、同アイコ 各五〇〇万円
(五) 弁護士費用
(1) 被控訴人京子 四二六万九一二三円
(2) 被控訴人成和、同靖人 各三七二万九二〇五円
(3) 被控訴人清、同アイコ 各四一万四三五六円
(六) 請求額(元本)
(1) 被控訴人京子((二)の(1)―(三)+(四)の(1)+(五)の(1))
五四一八万九〇六九円
(2) 被控訴人成和、同靖人((二)の(2)+(四)の(1)+(五)の(2))
各四七六五万四六一七円
(3) 被控訴人清、同アイコ((四)の(2)+(五)の(3))
各五四一万四三五六円
(七) 遅延損害金
弁護士費用を除く損害額につき本件殺人事件の日である昭和六一年四月二三日から、弁護士費用につき本判決確定の日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金」
第三 争点に対する判断
一 争点1(予見可能性)について
次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由の第三の一と同一である(<書証番号略>の内容を考慮しても同様である。)から、これを引用する。
1 原判決一〇枚目裏一行目の「に変えて」を「と並行して」と改める。
2 原判決一一枚目表九行目から同裏三行目の「ようになり」までを「病院ではIについての看護目標を離院防止に置いた。同人の離院傾向はその後暫く顕著であり、同年七月三日には他の患者に対して「東京に逃げる」旨言い触らすなどの行動が見受けられたため、無断離院を防止するため院外での作業を中止する措置がとられた。その間、Iが病院職員に対し「もう逃げない。」という趣旨の発言をすることもあったが、病院では同人の離院を警戒し引き続き目標を離院防止においてその看護に当たった。しかし、同年一〇月ころからIは次第に無断離院の素振りを見せなくなり、その傾向が続いたことから」と改める。
3 原判決一二枚目裏九行目の「話していた」の次に「ため、第一回離院の前歴もあることから、小井田はIを問診して同人の真意を質すなどしたが、Iに対する治療の方法を変更することまでは考えなかった」を加え、同一三枚目裏七行目の「翌一五日」を「同日」と改める。
4 原判決一四枚目裏九行目の「いること」を「おり、小井田はIが本件無断離院をした際、ひょっとしたらIのおじとか父親があぶないかも知れないと考えていたこと」と、同一五枚目裏六行目の「有する」及び同一七枚目表五行目の「有していた」をいずれも「示していた」と、同一六枚目表五行目及び同一七枚目表一〇行目の「鈍磨」をいずれも「鈍麻」と改める。
二 争点2(回避可能性)について
原判決事実及び理由の第三の二と同一である(<書証番号略>の内容を考慮しても同様である。ただし、原判決二一枚目裏末行の「すぎないし、」の次に「証拠(<書証番号略>、原審証人小井田潤一、同遠藤五郎)によれば、」を、同二二枚目表五行目の「すぎなかった」の次に「ことが認められる」を、同二三枚目表一行目の「しており」の次に「Iらしき人影を車内に発見した後直ちに」を加える。)から、これを引用する。
三 争点3(因果関係)について
原判決事実及び理由の第三の三と同一である(ただし、原判決二六枚目表二行目の「そして、」の次に「証拠(<書証番号略>)によれば、Iは、昭和五五年ころ横浜市の前記吉原方に侵入して窃盗をしたことがあり、吉原方には金がありそうだと考えていたが、北陽病院に入院中、脱院して吉原方に押し入り家人を殺してでも金銭を強奪し、その金銭で拳銃を買って父親を殺そうと考えるようになり、他の患者に対しても横浜へ行けば金のある金庫を知っているから一緒に逃げようと誘いかけ、本件離院の約二か月前から離院の機会を狙っていたものであることが認められるから、同人の性向は極めて危険なものであったというべきであるのみならず、」を、同表七行目の「本件殺人事件は」の次に「強制的な措置である措置入院中の患者に対する医療、看護の過程における」を加える。)から、これを引用する。
四 争点4(損害の発生と数額)について
1 逸失利益
(一) 給与、退職手当、定年後の収入についての逸失利益
(1) 直樹の公務員としての給与所得に基づく逸失利益の額は八五〇〇万三八七五円、直樹の定年退職時の退職手当についての逸失利益の現在額は一〇一三万八九三三円である。その算出根拠は、原判決二六枚目裏三行目から同二七枚目裏七行目の「となる。」までの記載と同一であるから、これを引用する。
(2) 直樹の六〇歳から六七歳までの収入についての逸失利益の現在額を賃金センサス平成四年第一巻第一表産業計・企業規模計、全国性別・学歴別・年齢階級別平均給与額表の男子・新大卒の六〇歳ないし六七歳の賃金を基礎に、生活費割合を三〇パーセントとして、ライプニッツ方式で計算すると、その金額は八五四万二八八八円([719万7600円×1.0471+705万4900円×0.6616]×0.7)となる。
(二) 直樹の退職共済年金の逸失利益
直樹の前記経歴及び証拠(<書証番号略>)によれば、直樹は、本件殺人事件がなければ国家公務員として定年を迎え、定年退職後同人の平均余命年齢までの期間少なくとも年間二三六万四一〇〇円(六五歳に達した後は基礎年金相当額との合計額)の国家公務員等共済組合法による退職者年金を受給することができたものというべきであり、被控訴人らは右退職年金の現在額を直樹の損害としてその賠償を求めることができるものというべきである。そして、昭和六一年における三五歳の男子の平均余命は41.76年であるから、直樹の生活費割合を三〇パーセントとして右現在額をライプニッツ方式により算出すると、その金額は529万7238円(236万4100円×(17.294−14.093)×0.7)となる。
(三) 以上によれば、直樹の逸失利益の総額は一億〇三六八万五六九六円となる。
2 被控訴人京子が直樹の退職手当として四六四万一〇〇四円の支給を受けたことは当事者間に争いがなく、右退職手当金は右1の(一)において逸失利益として算定した定年時の退職手当と同一の性質を有するから、直樹の得べかりし退職手当について被控訴人京子が損害賠償を請求し得る額は右逸失利益の相続分に応じた按分額五〇六万九四六六円から同被控訴人の支給を受けた右退職手当四六四万一〇〇四円を控除した四二万八四六二円となる。
3(一) 被控訴人京子が直樹の死亡により地方公務員災害補償法に基づく遺族補償年金及び地方公務員等共済組合法に基づく遺族共済年金の給付を受けていることは、当事者間に争いがない。
そして、不法行為による被害者の死亡によりその損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を右相続人が賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図るべきであり、被控訴人京子が給付を受けている右遺族補償年金及び遺族共済年金は、前記一の(二)の直樹の退職共済年金とその目的及び機能において同質性を有するものというべきであるから、被控訴人京子が支給を受けることが確定した右各年金の額の限度で、被控訴人京子が控訴人に対し賠償を求め得る直樹の得べかりし退職共済年金についての同被控訴人の相続分に応じた損害額からこれを控除すべきである。
(二) 地方公務員災害補償法四〇条一項、三項によれば、年金たる補償の支給は、支給すべき事由が生じた月の翌月から始め、支給を受ける権利が消滅した月で終わるものとされ、毎年三月、六月、九月及び一二月にそれぞれの前月までの分を支払うものとされており、被控訴人京子について遺族補償年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件においては、当審における口頭弁論終結の日である平成五年九月二日現在で被控訴人京子が同年九月までの遺族補償年金の支給を受けることが確定していたものである。そして、被控訴人京子が遺族補償年金として平成五年二月分まで総額二一〇一万七七二四円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、証拠(<書証番号略>)によれば、同年三月分以降の同年金の三か月分の額は少なくとも八五万五一五〇円であることが認められるから、被控訴人京子は同年六月に同年三月分ないし五月分として八五万五一五〇円を下らない金額の支払を受けたほか、同年九月支払の同年六月分ないし八月分の八五万五一五〇円を下らない金額及び同年九月分の二八万五〇五〇円を下らない金額の支払を受け若しくは支払を受けることが確定していたものというべきである。
したがって、前記1の(二)の損害につき被控訴人京子が賠償を求め得る金額から控除すべき遺族補償年金の額は、被控訴人京子が既に支払を受け若しくは支払を受けることが確定していた右合計二三〇一万三〇七四円を下らないものというべきである。
(三) 地方公務員等共済組合法七五条一項、四項によれば、年金である給付は、その給付事由が生じた日の属する月の翌月からその事由のなくなった日の属する月までの分を支給し、毎年二月、四月、六月、八月、一〇月及び一二月にそれぞれの前月までの分を支給するものとされており、被控訴人京子について遺族共済年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件においては、右口頭弁論終結の日現在で被控訴人京子が同年九月分までの遺族共済年金の支給を受けることが確定していたものである。
そして、被控訴人京子が遺族共済年金として平成四年一一月分まで総額四二七万二一五五円の支給を受けたことは当事者間に争いがなく、証拠(<書証番号略>)によれば、同年一二月分以降の同年金の二か月分の額は少なくとも一一万七六〇〇円であることが認められるから、被控訴人京子は平成五年二月、四月、六月及び八月に各一一万七六〇〇円の合計四七万〇四〇〇円を下らない金額の支給を受けたほか、同年八月分、九月分として一一万七六〇〇円を下らない金額の支給を受けることが確定していたものというべきである。
したがって、前記1の(二)の損害につき被控訴人京子が賠償を求め得る金額から控除すべき遺族共済年金の額は、被控訴人京子が既に支給を受け若しくは支給を受けることが確定していた右合計四八六万〇一五五円を下らないものというべきである。
(四) 右(二)、(三)によれば、被控訴人京子が支給を受け若しくは支給を受けることが確定していた遺族補償年金及び遺族共済年金の合計額は二七八七万三二二九円となるが、前記1の(二)の直樹の得べかりし退職共済年金についての被控訴人京子の相続分に応じた按分額は二六四万八六一九円であり、同被控訴人についてはその額を超える額の右遺族補償年金及び遺族共済年金の支給を受け、又は支給が確定していることになるから、結局同被控訴人としては右得べかりし退職共済年金について賠償を求め得る残額はないことになるというべきである。
4 したがって、直樹の前記逸失利益一億〇三六八万五六九六円についての被控訴人らの相続分に応じた損害賠償額は被控訴人成和及び同靖人については各二五九二万一四二四円となるが、被控訴人京子については、前記のとおり直樹の得べかりし退職手当についての賠償額は四二万八四六二円であり、また、直樹の得べかりし退職共済年金については同被控訴人としては賠償を求め得ないものであるから、結局四四五五万三二二五円が同被控訴人の求め得る損害賠償額となる。
5 慰謝料
原判決三〇枚目表七行目から同末行までの記載と同一であるから、これを引用する。
6 弁護士費用
直樹の死亡と相当因果関係のある弁護士費用は、被控訴人京子につき三〇〇万円、被控訴人成和、同靖人につき各二〇〇万円、被控訴人清、同アイコにつき各三〇万円と認めるのを相当とする。
五 以上によれば、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は、被控訴人京子につき五二五五万三二二五円及び内金四九五五万三二二五円に対する直樹の死亡の日である昭和六一年四月二三日から、内金三〇〇万円に対する本判決確定の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人成和、同靖人につき各三二九二万一四二四円及び内金三〇九二万一四二四円に対する右昭和六一年四月二三日から、内金各二〇〇万円に対する本判決確定の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人清、同アイコにつき各三三〇万円及び内金各三〇〇万円に対する右昭和六一年四月二三日から、内金各三〇万円に対する本判決確定の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきものであり、被控訴人らの附帯控訴及び当審で拡張した請求は右の限度で理由があるから、原判決を右のとおり変更するとともに控訴人の本件控訴及び被控訴人らの当審で拡張したその余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官菊池信男 裁判官伊藤剛 裁判官大谷禎男)